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東京地方裁判所 平成5年(ワ)22230号 判決 1996年1月23日

原告

中尾晴美

被告

大久保隆史

主文

一  被告は、原告に対し、金一三三二万一五九三円及びこれに対する平成二年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その七を被告の、その余を原告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

一  被告は、原告に対し、金一九二八万二七〇三円及びこれに対する平成二年九月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告の負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、原告が市街地にある一方通行の路上を原動機付自転車で走行していたところ、同道路左側に駐車していた普通乗用自動車が進行を開始したためにこれと衝突し、原告が傷害を受けたことから、普通乗用自動車の運転者を相手にその人損について賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成二年九月一一日午前八時一〇分ころ

事故の場所 横浜市鶴見区豊岡町五―一八先路上

加害者 被告(被告車両運転)

被告車両 普通乗用自動車(品川五四そ四四〇〇)

被害者 原告(原告車両運転)

原告車両 原動機付自転車(鶴見区か六五三五)

事故の態様 原告が原告車両に乗つて前記路上を走行中、同道路左側に駐車していた被告車両が発進したことからこれと衝突したが、事故の詳細については争いがある。

2  責任原因

被告は、被告車両を運転していたし、被告車両の運行供用者である。

三  本件の争点

1  損害額

(原告の主張)

原告は、本件事故により左臀部、左大腿挫傷、頸椎捻挫等の傷害を受け、橋爪病院、杏雲堂病院、東京厚生年金病院で入通院治療を受けたが、左臀部と左肩の疼痛という一二級一二号の後遺障害が残り、このため、次の損害を受けた。なお、治療が長期化したのは特に杏雲堂病院において適切な医療が行われなかつたからであり、また、原告の左臀部の疼痛による筋萎縮はサーモグラフイによる検査の結果明らかである。

(1) 治療関係費

<1> 治療費(事故日から平成七年八月三一日まで) 三一万五二八五円

<2> 温湿布ガーゼ等購入費 二万八九六九円

<3> 入院付添費(一日当たり四五〇〇円。九日分) 四万〇五〇〇円

<4> 入院雑費(一日当たり一二〇〇円。一四五日分) 一七万四〇〇〇円

<5> 入院用品賃借料 一万七八〇〇円

<6> 通院交通費 三四万七四二〇円

<7> 通院付添交通費 三三万二九八〇円

<8> 付添宿泊代 九万三八五〇円

<9> 医師への謝礼 七万六一八〇円

<10> 文書料 五万八〇九五円

<11> 通信費 三万一〇〇〇円

(2) 引つ越し代金 六三万二四九〇円

身体の状況が悪く、通勤のために引つ越しをせざるを得なかつた。

(3) 休業損害等

原告は、本件事故当時、財団法人東京都予防医学協会に勤務していたところ、通院治療等のため、次の損害を受けた。

<1> 有給休暇使用による損害 三五万九三〇二円

通院治療のため有給休暇を使用した。その単価は年次により異なるが、合計した金額である。

<2> 欠勤控除による損害 一万一一一六円

<3> 平成六年四月分からの休業損害 六六万六三〇〇円

原告は、平成六年三月末に右財団法人を退職し無職となつた。症状固定までの三ケ月の収入減を一月当たり二一万三四〇〇円として算定した。

<4> 平成四年四月から平成六年三月までの主任手当 一二万〇〇〇〇円

原告は、本件事故に遇わなければ、平成四年四月から主任となつて、月々五〇〇〇円の主任手当が得られるはずであつた。

(4) 逸失利益 四三二万七四一六円

原告は、本件事故のため前記の後遺障害を残し、労働能力が症状固定日から一〇年間にわたり一四パーセント喪失した。年収四〇〇万三〇二〇円を基礎にライプニツツ方式により算定すると、四三二万七四一六円となる。

(5) 慰謝料 九七〇万〇〇〇〇円

入通院(傷害)慰謝料として七〇〇万円、右後遺症の慰謝料として二七〇万円が相当である。

(6) 物損

<1> 原告車両の損害 一〇万〇〇〇〇円

<2> ヘルメツト及び衣服代 五万〇〇〇〇円

(7) 弁護士費用 一八〇万〇〇〇〇円

(被告の主張)

原告の長期治療にはその心因的要因が大である。また、サーモグラフイによる診断では、温度差が交通外傷によるものかどうかは判断がつかず、適切でない。

2  過失相殺

(被告の主張)

被告は、道路左側から発進する際、右に方向指示器を出しており、原告は、被告車両の後方から進行してきたのであるから、前方注視を怠らなければ被告車両の動きを予測し得たのであり、右不注視も本件事故の原因となつているから、二割の過失相殺を主張する。

(原告の主張)

被告が後方の安全を確認することなく被告車両を進行させたことが本件事故の原因であり、右主張を争う。

第三争点に対する判断

一  原告の傷害の程度等について

1  甲一の13、300、301、324、328、三の5、四ないし一〇(枝番を含む)、一三ないし一五、一七の3ないし13、15、16、18、乙二、三、証人大澤良充、原告本人によれば、次の事実が認められる。

(1) 原告は、本件事故により右側に倒れた際に側道に衝突し、さらにその反動で左側に倒れて転倒し、左半身を強打した。このため、事故当日の平成二年九月一一日から左臀部、左大腿挫傷、頸椎捻挫、背部、左方手指打撲、左肩甲部打撲の病名で橋爪病院で入院治療を受けた。同病院の初診時には、X線撮影上は異常がなかつたが、頭重感、四肢の痺れ、左臀部、腰部にかけての腫脹、疼痛等があり、歩行不可能のため、同月二九日に杏雲堂病院に転院するまでの間、入院を継続した(入院日数一九日)。その間に、リハビリのための運動も実施されたが、激痛のあまり、取り止めたこともあつた。

(2) 原告は、勤務先の紹介もあつて、九月二九日に杏雲堂病院に転院したが、同病院での初診時の所見は全身痛があるというものであり、頸椎捻挫、全身打撲の傷病名で入院した。安静、薬物療法、リハビリ等が行われ、一一月二四日まで入院を継続し(入院日数五七日)、それ以降は、リハビリを目的として通院した(実通院日数六四日)。平成三年一月から復職したが、作業をすることが原因となつて、特に臀部の疼痛、痺れ感等が強度となり、痛みの強い日は休業した。しかし、同病院の担当医は、原告には非合理的な愁訴があるとの印象を抱き、また、跛行状態も日々に変化したことから原告の心因的な影響を疑つた。もつとも、担当医は、リユーマチの専門医であり、原告の症状についての専門的知識に乏しかつた。

(3) 原告は、労働基準監督署の勧めもあつて、平成三年一〇月二五日からは東京厚生年金病院整形外科に通院した。同病院における初診時の主訴は、左頸から左背部の激痛、左上肢痛、左臀部の激痛であり、神経学的所見は知覚は正常であり、上肢筋力検査では左肘関節以下の筋力低下が認められた。また、左臀部に著明な圧痛点があり、ラセグ徴候でも左六〇度で臀部痛が出現したが、一二月二一日のMRI検査の結果では、腰椎の椎間板ヘルニアは否定的であつた。一二月二六日から平成四年三月四日まで陳旧性左臀部打撲、外傷性左臀部筋膜炎の傷病名で入院した(入院日数七〇日)。入院中に骨シンチグラフイー検査を行つたが異常はなかつた。退院後も平成六年六月二四日まで、通院治療を継続した(実通院日数二六五日)。入通院時における治療の内容は、理学療法、局所麻酔剤等の注射、薬物投与であつたが、左上半身、左上肢に疼痛、痺れがあり、また薬剤による胃潰瘍様の症状も出現した。平成四年七月頃から復職を試みたが疼痛のコントロールがうまくいかず、疼痛強度な日は欠勤した。

なお、原告は、担当医である大澤医師と相談して、平成五年九月一三日からは、薬師堂治療院に東京厚生年金病院整形外科と合わせて通院を開始した。

また、平成四年六月一〇日からは、実家に戻つた時に、名古屋第一赤十字病院に通院している(合計四日)。

(4) 平成五年九月二九日の原告の症状は、頸椎捻挫の関係では、ジヤクソン・スパーリング検査ともに陽性であり、左上半身に筋力の低下があり、左項部から肩にかけて圧痛点があり、頸椎捻挫による神経根障害によると思われる左上肢の筋力低下、疼痛が認められた。左臀部については、腸骨から臀筋中央部に激しい圧痛があり、このための筋力低下が認められた。

原告の症状は、平成六年六月二四日に固定したが、その時の傷病名は外傷性左臀部筋膜炎、頸椎捻挫であり、自覚症状は、左臀部痛があり、一〇分間以上の歩行は困難との歩行障害がある等というものである。他覚的所見としては、左側の上肢、下肢ともに筋力が低下し、また、左臀筋の筋萎縮が認められ、サーモグラフイの結果、左臀部の疼痛部位は右側に比して二度低温となつている。この左臀部の疼痛のため、左股関節は、右側に比して半分ないし三分の一程度の運動制限が認められ、疼痛の緩解の見通しは少ないと考えられている。

なお、原告は、症状固定後もフオロウ・アツプのために、東京厚生年金病院整形外科に通院している。

右認定に反する証拠はない。

2  甲二三ないし五二(枝番を含む)、証人大澤良充によれば、次の事実が認められる。

サーモグラフイーとは、生体表面の放射熱を外部から感知して画像化する機械であり、これにより人体の体表温度を面的に知ることが可能となる。そして、慢性的な痛みがあると力を入れることができないために筋肉が細く、かつ、硬くなり、筋肉中の血流量が減少して体温が低くなると考えられている。また、交感神経系の関与により血管が収縮して体温が低くなることもある。これには、交感神経節が刺激された場合、当該末梢細動脈が攣縮を起こし、痛みと同一部位の皮節が血行低下により低温となるとの系統と神経根の圧迫障害に伴つて被支配筋肉の収縮が起きその結果筋肉中の血流量が減少して低温となるとの系統がある。なお、このように、痛みがある場合、当該部位に温度異常があるということができても、その逆の異常温度分布の存在があれば痛みがあるとは限らない。また、心因性の反応による痛みの場合は、サーモグラフイー上異常は生じない。ところで、原告の場合は、左臀部の疼痛部位は右側に比して二度低温となつているが、原告には、椎間板ヘルニアの症状がないことから、交感神経系の異常はないものと判断される。なお、臀部は歩行やリハビリ治療中に絶えず収縮することがら、交通事故等で一度傷害を受けた場合であつても、歩行等の運動により傷を受けた部分が裂けて、慢性化することがある。また、MRI画像によれば、原告の左の臀部の筋肉が右に比して痩せて硬くなつていることが認められ、大澤医師は、筋萎縮があるものと判断している。

3  以上の事実に基づいて検討すると、原告は、橋爪病院での入院中からリハビリを行つており、本件事故により左臀部を強打した部分が治癒しない時期からリハビリ治療を受けたこと等により、同部の傷を受けた部分が裂けて、慢性化し、このため、力を入れられず、臀部の筋肉が細く、かつ、硬くなり、筋肉中の血流量が減少して体温が右側に比して二度低くなつたものと考えられる。ところで、異常温度分布の存在があれば痛みがあるとは限らないが、原告の場合には、MRI画像上、左の臀部の筋肉が右に比して痩せて硬くなつていることが明らかであつて、このこととサーモグラフイーが示す温度異常から、痛みが原因となつて、左臀部が低温となつたものと認められる。そうすると、原告の痛みは、他覚的所見に裏付けられた医学的に証明できるものであり、また、痛みの結果、股関節に運動障害を残しており、前示症状固定時の診断のとおり疼痛の緩解の見通しは少ないことから、後遺障害別等級表一二級一二号にいう局部に頑固な神経症状があるものと認めるべきである。なお、原告の場合、頸椎捻挫に端を発する左上半身や左上肢の痺れ感もあるが、これは、後遺障害別等級表に該当する程度には至つていないものと考えられ、慰謝料の斟酌事由とするに止めることとする。

ところで、甲一七の1、2によれば、自算会は、原告の症状を非該当と認定していることが認められるが、これは、MRI画像中、脊椎部分に注目したことと、杏雲堂病院の所見を重視した結果であることは、同書証から明らかである。しかし、杏雲堂病院の担当医は心因的な影響を疑つているが、サーモグラフイーの結果により原告には心因的な影響が無いことが証明されているのであつて、このような誤診に基づき、かつ、左臀部の筋肉の萎縮のMRI画像を調査しなかつた結果、自算会において非該当の判断がされたものと認められるから、右認定判断の妨げとはならない。

二  原告の損害額について

1  治療関係費

(1) 治療費 一二万三四二五円

甲一の1ないし6、8ないし16、209、300ないし302、312ないし316、318ないし326、328ないし330、333ないし335、337、342、346、351、354、355、357、360、362、365、368、371、373、377、378、380、383によれば、原告は、東京厚生年金病院整形外科への通院のため三万六四〇五円を、また、名古屋第一赤十字病院への通院のため一万五〇二〇円を支払つたこと、症状が固定した平成六年六月二四日までに薬師堂治療院での治療のため七万二〇〇〇円を支払つたことが認められる。

なお、甲一の7によれば、原告は国立病院医療センターに通院したことが認められるが、本件事故との因果関係が不明である。また、甲一の303、331によれば、原告は、症状固定後も薬師堂治療院に通院し、また、クアハウス等の温泉に通つたことが認められるが、薬師堂治療院への通院については、症状固定後の通院の必要性が不明であるし、温泉については、本件事故との因果関係が不明である。

(2) 温湿布ガーゼ等購入費 二万八九六九円

甲一の306ないし309、399ないし433によれば、原告は、温湿布ガーゼ等の購入のため二万八九六九円を要したことが認められる。

(3) 入院付添費等 なし

原告は、両親のいずれかが九日間原告の入院に付き添つたとして、四万〇五〇〇円の入院付添費(一日当たり四五〇〇円)を請求するが、前認定の原告の症状の程度では、入院に付添いが必要であるとは認め難い。従つて、原告は、通院付添交通費として三三万二九八〇円を、また、付添宿泊代として九万三八五〇円を請求するが、これらも理由がない。

(4) 入院雑費 一七万四〇〇〇円

前認定のとおり、原告は、橋爪病院に一九日、杏雲堂病院に五七日(一日は橋爪病院と重複)、東京厚生年金病院整形外科に七〇日の合計一四五日入院したのであり、一日当たり一二〇〇円として合計一七万四〇〇〇円の入院雑費を要したことが認められる。

(5) 入院用品賃借料 なし

原告は、テレビの賃借料等として一万七八〇〇円を請求し、甲一の26ないし37はこれに沿うが、前認定の入院雑費により賄うべきものであつて、理由がない。

(6) 通院交通費 二六万三五〇〇円

甲一の41ないし58、前認定の事実、弁論の全趣旨によれば、原告は、杏雲堂病院及び東京厚生年金病院通院のため、バス、鉄道を利用したほか、タクシーも利用したこと、平成二年一二月末までは、バス、鉄道を利用して杏雲堂病院に通院するためには片道五五〇円を要したこと、平成二年一二月末までは合計一七回通院したこと、平成三年一月六日以降は、原告が転居したことから自宅から同病院又は東京厚生年金病院にバス、鉄道を利用して通院するためには片道三九〇円を要したこと、平成三年一月六日以降両病院に合計三一二回通院したことが認められる。

原告はタクシーを利用した日もあるが、その前後では公的交通手段を用いて通院しており、タクシー使用の必要性を認め難い。また、原告は、名古屋第一赤十字病院にも四回通院したが、実家への帰省途上にあり、帰省以外に費やした地下鉄代金片道一八〇円(弁論の全趣旨により認める。)のみが本件事故と相当因果関係のある通院費用と認める。

そうすると、原告が通院交通に要した費用は、次の計算どおり、前示金額となる。

550×2×17+390×2×312+180×2×4=263500

(7) 医師への謝礼 四万六一八〇円

甲一の25、弁論の全趣旨によれば、原告は、医師への謝礼のため七万六一八〇円を要したことが認められる。このうち、四万六一八〇円を社会通念上必要とされる謝礼と認める。

(8) 文書料 四万八一二五円

甲一の15、17ないし24、202ないし206、301、324、388ないし389、七の1、弁論の全趣旨によれば、原告は、文書料として、四万八一二五円を要したことが認められる。

(9) 通信費 二万四五〇〇円

甲一の64ないし78によれば、原告は、通信のために少なくとも二万四五〇〇円を要したことが認められる。

2  引っ越し代金 なし

原告は、身体の状況が悪く、通勤のために引つ越しをせざるを得なかつたとして、手付金、契約代金及び引つ越し代金の合計六三万二四九〇円を請求するが、本件事故と相当因果関係があるとは認め難い。もつとも、右費用をかけた結果、休業損害の発生が食い止められ、また、通院費用も安価となつているので、この点は、慰謝料で斟酌することとする。

3  休業損害等

甲一二の1ないし9、二四ないし二八(枝番を含む)、原告本人に弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件事故当時、財団法人東京都予防医学協会に勤務していたが、入通院治療等のため、有給休暇を使用したり、労災の特別休暇を利用したこと、このうち、有給休暇の利用は、平成三年度は二六・五日、平成四年度は二三・五日、平成五年度は六・五日であること、しかし、原告の体調が回復せず、また、休暇が多くなつて職場に居づらくなつたことから、平成六年三月末に右財団法人を退職したこと、その直前の原告の月給は、二一万三四〇〇円であることが認められる。

右事実を基にして、原告主張の休業損害等を検討する。

(1) 有給休暇使用による損害 三五万九三〇二円

甲一二の1ないし9、弁論の全趣旨によれば、右財団法人の一日当たりの労働単価は、平成三年度は六二四七円、平成四年度は六五四七円、平成五年度は七一〇〇円であることが認められる。前認定の有給休暇日をこれらの金額に乗じて合計すると、有給休暇使用による損害は、少なくとも原告主張の前示金額となる。

(2) 欠勤控除による損害 なし

原告は、欠勤控除による損害一万一一一六円を主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

(3) 平成六年四月分からの休業損害 六四万〇二〇〇円

前示のとおり、原告は平成六年三月末に右財団法人を退職し無職となつたが、症状固定月までの三ケ月の収入減を一月当たり二一万三四〇〇円として算定すると、その間の休業損害は、前示金額となる。

(4) 平成四年四月から平成六年三月までの主任手当 なし

原告は、本件事故に遇わなければ、平成四年四月から主任となつて月々五〇〇〇円の主任手当が得られるはずであつたとして一二万円を請求するが、これを認めるに足りる証拠はない。

4  逸失利益 四〇四万四八八六円

原告は、本件事故のため左臀部に頑固な神経症状を残し、その痛みの結果、股関節に運動障害を残しているのであり、また、症状固定時の診断のとおり疼痛の緩解の見通しは少ないことから、右後遺障害の結果、労働能力が少なくとも原告が主張する症状固定日から一〇年間にわたり一四パーセント喪失したものと認めるべきである。

そして、甲二四によれば、原告は、症状が固定する前年の平成五年度は三七四万一五二四円を得ていたことが認められるから、同金額を基礎にライプニツツ方式により算定すると、原告の逸失利益は、前示金額となる。

374万1524×0.14×7.722=404万4886

5  慰謝料 六三〇万円

甲一六、二〇の1ないし9、二一、二二の各1、2、原告本人によれば、原告は、健康でテニスを得意とする独身女性であつたが、本件事故による後遺障害のためにその楽しみを奪われたこと、本件事故による障害のために婚約を破棄されたことが認められ、これらの点に前示の入通院の日数、治療の経過、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すれば、入通院(傷害)慰謝料としては三五〇万円が相当である。また、前示後遺障害(頸椎捻挫から由来する障害を含む。)の部位、程度、内容に鑑みれば、後遺症慰謝料としては二八〇万円が相当である。

6  物損

(1) 原告車両の損害 六万八五〇六円

甲一一の1ないし3、一六によれば、原告は、平成元年三月一八日に原告車両を一二万四五六〇円で購入したこと、本件事故により経済的に全損したことが認められる。本件事故当時の被害車両の時価相当額を的確に知る証拠はないが、三年の減価償却(償却時価格一〇%)で時価を算定すると、次の計算どおり、前示金額となる。

12万4560-(12万4560×0.9×18÷36)=6万8508

(2) ヘルメツト及び衣服代 なし

原告は、ヘルメツト及び衣服代として五万円を請求するが、これを認めるに足りる証拠はない。

7  以上の合計は、一二一二万一五九三円である。

三  過失相殺について

1  甲二の1、2、三の1ないし7、一六、五二、乙一、原告本人に前示争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 本件事故のあつた道路は、岸谷方面から三角交差点に向かう幅員約六メートルの一方通行道路であり、被告は、友人を下車させるため、道路の左側に被告車両を駐車した。被告車両の前方にも駐車車両があつたところ、被告は、同駐車車両に接触しないように右斜めに進行を開始した。

他方、原告は、同道路の中央付近を時速約三〇キロメートルで三角交差点方面に向かつて進行していた。そして、被告車両が発進して、原告の進路上に出てきたことから、ブレーキを掛け、右にハンドルを切つたが、被告車両の右側面に衝突して転倒した。

(2) 被告は、警察及び検察における事情聴取では、発進に当たり、右側のウインカーを出したが、後方の安全を確認せず、前方駐車車両に気を取られたため、衝突時に原告車両を発見したと供述しているが、乙一の陳述書では、後方ドアミラーにより、及び振り返つて確認したところ、原告車両が後方で走行するのに気がついていたが、充分な距離があつたから、ウインカーを出して進行したと陳述する。

(3) 原告は、警察における事情聴取の時から本人尋問に至るまで一貫して、駐車車両が二、三両あることを認識していたから、ウインカーが出るかどうか等を注目しながら走行したところ、被告車両はウインカーを出していなかつたから原告車両の進行を継続したと供述する。また、甲一六、五二の各陳述書では、被告車両は、衝突後に初めてウインカーを出し、逃走する気配を示したと陳述する。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  右事実によれば、被告の供述には相当の変遷がある一方で、原告の供述は、一貫しており、かつ、駐車車両のウインカーを確認しながら走行したとの点には説得力があり、この点も斟酌すると、被告の警察及び検察の段階における供述に従つて、被告が被告車両を発進するに当たつてウインカーを出したと認定するのは困難である。また、乙一の陳述書の内容は、被告の前示警察及び検察の段階における供述に鑑み、到底採用することができない。

そうすると、本件事故に関して原告に過失があつたとは認めるに足りないこととなり、被告の過失相殺の抗弁には理由がない。

四  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、原告の本件訴訟追行に要した弁護士費用は、金一二〇万円をもつて相当と認める。

第四結論

以上の次第であるから、原告の本件請求は、被告に対し、金一三三二万一五九三円及びこれに対する本件事故の日である平成二年九月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

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